The link at the date of the calendar is an entry.
次の朝にはぁぁぁ
2008-02-29 Fri 20:36
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マチュピチュ麓の村アグアス・カリエンテスに着いたのは、もう遅い時刻であった。

着いた先は駅舎など無く村の商店や家やゲストハウスで挟まれた道の真ん中に列車は到着する。
遅い時刻にも関わらず、列車から降りると人は降車した観光客と、それ目当ての客引きでごった返していた。

数軒のゲストハウスを見て一軒のゲストハウスに決める。
同じ部屋には、オーストラリア人3人と僕を含めた日本人が2人の計5人となり、翌日一緒にマチュピチュに行く事になった。

明日の朝は早い。朝一のマチュピチュを登る(?)為に。
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宵闇列車
2008-02-27 Wed 17:04
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マチュピチュの麓の村アグアス・カリエンテスへの列車は、夕方に出発しウルバンバ川を縫うように走る線路の上を行く。

車窓から眺めるも、辺りはスッカリ宵の闇に包まれており風景を楽しむ余裕を暗がりに奪われていた。川の流れる音が聞こえるだけ。

行く時は、左側車窓が素晴らしいので出来れば左側の席を確保しようなんてガイドブック情報も関係ありゃしない。
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300分
2008-02-25 Mon 13:23
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オリャンタイタンボ村ではマチュピチュ麓の村アグアス・カリエンテス行きの列車の出発の19時45分まで5時間近く時間を潰さねばならなかった。

まずは村の名前にもなっている遺跡を楽しむ。
巨大な階段状の要塞のような300段はある段々畑の遺跡の頂上まで登っては、眼下に望む村を眺めたり、対岸の山の中腹にあるインカの見張り小屋跡と見られる遺跡(写真参照・手にピントがあってボケてますが)をボゥーと見ながら昼寝したりと閉園時間までたっぷりと遊ぶ。

閉園時間後は村の真ん中にある広場で子供やオジサンと話したりして発車時刻まで過ごした。
5時間は当初長いと思ったが過ぎてみれば、そうでもないものだった。

さぁ出発だ。いま日が昇る。と「母をたずねて三千里」のテーマが頭に浮かび。
列車を待つ。列車を待つホームには、新婚旅行らしきカップルを見かけた。
自分もハワイだグァムだリゾートだと言わず、マチュピチュに新婚旅行に行ってくれるような、しかもパックツアーでなく自分の足で歩くような旅に付き合ってくれるような良き伴侶を見つけたいものだと感じた。とは言いつつリゾートも良いなぁなんて思う。
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無名跡
2008-02-23 Sat 13:30
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割安でマチュピチュまで行ける情報を入手した私は、クスコよりローカルバスでウルバンバ村まで行き、そこからコレクティーボ(乗り合いのバンみたいな車)に乗り換えてオリャンタイタンボっちゅう町に着いた。

その町から、ローカルの列車に乗りマチュピチュの麓の村アグアス・カリエンテスまで行く訳だが、オリャンタイタンボにも魅力的な遺跡がある。

まぁインカ帝国の都クスコの近くには、そこら中ゴロゴロとインカの遺跡がころがってる訳ですが。。。

巨人専用の階段のような段々になった遺跡で無名の遺跡ながらガッツリ心に響く遺跡です。
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生の声を聞け!!
2008-02-22 Fri 13:02
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クスコからマチュピチのある山の麓の町アグアス・カリアンテス(温かい水の意。その名の通り温泉がある)までは、列車で行くのが一般的と日本のガイドブックには書かれている。

その列車は、数年前は現地の人が利用するローカル列車を利用して安く行く事も出来たようだが、ガイドブックには旅行者専用列車の事し書かれていない。その旅行者専用列車も往復で50ドル以上し、マチュピチュ入場料も20ドルもして貧乏旅行者にとっては、とにかくマチュピチュは高嶺の花の遺跡なのです。

しかしながら、実際に行ってみないと分からないもので、裏技・ファミ通風にいうと禁断の秘技が行ったら行ったであるもので、ローカルバスを乗り継いで、オリャンタイタンボちゅう町まで行って、そこからローカル列車に乗り継ぐっててがあるっちゅう情報を入手。それなら、ちょっと安くで行けるんだゎ。

貧乏旅行者にとって心優しい値で行ける方法を見つける先人の旅人が居て良かった。
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二大勢力
2008-02-21 Thu 20:35
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クスコには、日本旅行者御用達の宿が二軒ある。
一つはペンション花田、もう一つはペンション八幡。
前者の花田が古参で、後者八幡が新参の日本人経営の宿。

私は翌日マチュピチュに移動するのに大きな荷物を預けるには、現地の人経営の宿より荷物をより安全に管理してくれる日本人経営の宿に鞍替えする事にした。

どちらの日本人宿に移るか?
結果的には、八幡さんに移って花田さんの事は分からないので比較は出来ないが、聞いた話では、花田さんは厳しい人で八幡さんはユルユルな人であるらしい。
値段的にもキッチンが付いて自炊可能である事など双方宿として大きな違いは無い(私がクスコに居た時期花田さんには、料理番がいて毎日シェア飯で美味い家庭料理が食えたという)
結果、町中から近いという理由でペンション八幡さんに厄介になる事にした。

近代旅行者にとって、欠かせない存在となったインターネット屋や雑貨屋、食堂が並ぶ細い路地・通称竹下通りから近いのも選択理由の一つ。夜道怖いし。

難点は、宿までの坂道が案外キツくて、いつも犬の糞とおしっこの臭いがキツイことかな。
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おへそ
2008-02-19 Tue 20:51
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ペルー観光で外せない町クスコ。

南米旅行で町全体、旧市街が世界遺産に登録されている場所はキト・クエンカ・リマと歩いてきた。
なんちゃって世界遺産とまでは言わないが、町全体を世界遺産に登録しようとすると古くの町並みを残しながら現在進行形的なもの(インターネットカフェやファーストフード店など)が上手く交わらないので、どうしても無理が出てくる。その点では、クスコは比較的しっくりくる。

クスコはアンデス山脈中にあり、標高はなんと3,360mにも達する。

クスコとは、ケチュア語(かつてインカ帝国の民族が用いていた言語で、現在でもボリビア、ペルー、エクアドル、チリ北部、コロンビア南部など主に南米大陸内で1300万人が使用している)で、「へそ」を意味し、 タワンティン・スウユ(インカ帝国の正式名称)の首都であり、文化の中心であった。

赤茶けた屋根の建物が広がり、石と石のあいだに「カミソリの刃一枚通さない」といわれる巧緻なインカの石組みが素晴らしい。

クスコの町並みはピューマをかたどったものとの説があるが、証明はされていない。
インカの石組みの中でも凄いのが、写真の「十二角の石」
切り出された無色のパズルのような12の角のある石のピースを合わせているのにはビックリさせられる。

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首絞めはアカン
2008-02-16 Sat 12:14
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極寒の深夜の山を越えて来たバスは、雀の子そこのけそこのけお馬が通るとばかりにお偉いさんを乗せた車の通過待ちの為足止めを喰らったのを経て、翌日夕方にクスコに到着。
都合17〜8時間バスに揺られたこととなる。

バスターミナルから、町の中心となるカテドラル(大聖堂)前のアルマス広場(ペルーでは大小だいたい何処の町もアルマス広場を中心に広がっていて、安宿もおよそ近くに集まっているので分かりやすい)まではタクシーを珍しく使った。と言うのも数年前まで観光客を狙った首絞め強盗が流行っていたと聞いていたからだ。(首絞めはダメっしょ。唾吐き強盗とかケチャップ強盗とかも嫌やけど、首絞めて気絶させて物盗るって最悪。でも首絞めるのうまい人がやると気持ち良いらしい。アメリカで首絞めゲームって流行ってるぐらいやし。良い子はマネしないでね)
10何キロのカバン背負って知らん道30分とか歩くんも辛いし、たまにはタクシー使っても良いよね。と言うか、ほんまはタクシー使う方がいいんよね。治安の悪い国では。日本ちゃうねんし。

とりあえず、その日はアルマス広場近くの宿に身を寄せた。
衛星放送でNHKが観れる宿に。
どうでも良いけど、数ヶ月旅行してたらNHK観れると嬉しいよね。
日本では民放ばっかりやけど。
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HP回復。「フヒモリ」
2008-02-15 Fri 14:18
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クスコまでのバスは、深夜山道を越える時間帯窓の隙間から入り込む凍えた空気に極寒になる。一枚のフリースのジャケットに丸まるようにして朝が来るのをジッと待った。

寒さに震えながら待ち優しさを感じさせる太陽の光が差し込むと、ようやくヒットポイントも回復。
バスの休憩中、バスから降りて外に出て光合成で太陽光を充電。
充電中、お役人さんのお偉いさんの車が通るらしくバスは足止め。
光合成中、同じバスに乗っていた現地ペルー人が話しかけてくる。
「ハポネス?フヒモリ、フヒモリ」と話しかけてくる。
「Japones?Fujimori Fujimori」スペイン語ではJをハ行で発音するので“フヒモリ”となる。
そうペルーの前大統領日系のアルベルト・フジモリさんの事を言っている。
フジモリ元大統領は、比較的先住民であるインディヘナや貧困層に人気があり、今も支持層が結構いるらしく「フヒモリ」と言いながら親指を立ててサインをしてくる。

大統領中の汚職なんてあったようだが、日系の人が大統領にまでなったなんて凄いことですよ。
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目指す先は、すぐそこに。
2008-02-14 Thu 21:00
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ナスカの地上絵を堪能。ハチドリの絵は見損なったものの。また凄いもんを目の当たりにさせていただいた。
噂では薄いだのたいした事ないなど賛否両論言われてきた地上絵も、私は断然賛の方。
確かに薄くて分かりにくかったけれども、世界の何処にこんな場所が他にあるって言うんだい?
砂場に絵描いてるのとは規模が違うんだ。規格外です。

ナスカの次に狙うは、マチュピチュ。
マチュピチュを目指すには、まずお膝もとのインカ帝国の中心クスコに向かうのだ(お膝元と言うのだろうか?クスコとマチュピチュを比べればクスコの方が標高高いんだけど、拠点て言ったほうが良いのか?)

ナスカからクスコへの移動は夜行バスを選んだ。
クスコは高地なので、高山病予防でアルコールは暫く飲めなくなるなと思い、夜行バスに乗る前にビールとペルーのブドウを使った蒸留酒ピスコと言う42度のアルコールちょっとキツメのお酒を少し頂いた。
それが、いけなかった。バスに乗り始めて2時間。山道に入ったバスはウネウネした道にさしかかると気持ち悪くなる。お腹に入ったアルコールがグルングルンと周り始める。
しかも、標高の高くなり始めた山の夜は寒すぎる。上から羽織るものをと思ったが、バス内は暗くてカバンに掛けた数字合わせ式の鍵が合わせられない。
このまま寒さに凍えて死ぬのでは?と思ったほど。
フリースのジャケットの中にくるまるように小さく丸くなって過ごす。

早くクスコに着いてくれないだろうか?クスコに着けば、憧れの遺跡マチュピチュはすぐそこに。
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謎だゎ。
2008-02-13 Wed 20:59
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1930年代ナスカ大地上空を飛行していた飛行機のパイロットが偶然見つけたことで、その存在が今の世の中に明らかになったナスカの地上絵。

ナスカの地上絵の謎には諸説いろいろある。
死者を気球の要領で飛ばし上空から見せる弔いの儀式である。
星などの天空の観測用である。
アンデス山脈からの雪解け水が流れる水脈の上を地上絵が通り、雨の降らないナスカ地方の貴重な水源を示す。
宇宙人がUFOの為に描いた滑走路であるなんて子供じみた、しかし昔は真剣に話し合われていたような説もあった様だが、
最近の説としては雨乞いのぎしきとして使われていたのではないかと言うのが最有力。
一筆書きで描かれた地上絵は、雨乞いの儀式の際、線の上を楽隊が歩いたのではないかと言われている。

では、飛行機なんて無かった文明に於いて、どうしてあれほど巨大な絵を描くことが出来たか?これは小さな元となる絵から沢山の点を真っ直ぐに放射線に伸ばして結ぶことで元の絵をほぼ正確に大きくする事が可能なようで、有力な説になってます。

どうやって描かれたか、何で描かれたか?
謎の残る事も多いが、研究家では無いんだし単にスゲェなって思うくらいで良いよね。
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ガビーン
2008-02-11 Mon 20:58
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クジラや大三角形や、幾何学模様それこそUFOの滑走路ではないかと思うような真っ直ぐに伸びる直線を眼下に見ながら、セスナは右に左に旋回を続け、尻尾をグルグル巻きにした猿やコンドル・クモなどの絵をパイロットの指差しで見つける。

中でも変った絵では、フクロウ男とも言われたりもする宇宙人のような絵が小山の中腹に描かれているのは大変興味深かった。(勿論誰も宇宙人なんて見た事無いので宇宙人となずけるのはおかしいかも知れないけれど)→こんなん

最後にクライマックスとも言うべき地上絵が。
地上絵の中でも最も有名で頭に浮かびやすいハミングバード(ハチドリ)が。
「さぁどれだい?パイロットさん」
「あれがハミングバードだよ」と指差す。
えっ!どれどれ?どれよ?自分の目でも見なければならないが、カメラにも収めないといけないと思いファインダーを覗き、肉眼で探す。
前にも書いたように地上絵は薄いんだよ。
風化によるものかも知れないが見つけられない(−−;)
焦って下を必死こいて探すんだけど見つかんない。
そうこうしていると、セスナは空港に戻る岐路についている。

ガーン。こんな擬音一生使うこと無いと思っていたのに。使うことあるんだね。
でもガビーンは使ったこと無いな。
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離陸する。
2008-02-09 Sat 17:15
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パイロットがキーをまわす。
ブルルルルッ!勢いよく両翼に取り付けられた羽がけたたましい音と共に回りだす。
滑走路を走り始めたセスナは機首を上げると、我々の体まで軽くなったような錯覚に陥りフワッと浮き上がるようにして大地から離れていく。

上空高くまで(高くと言っても地上絵が肉眼で見える程度なので数100m程度だと思う)舞い上がったセスナから初めの絵に遭遇するまで3〜4分。

パイロットが指差し「ホエール」と言う。
「えっ!!どれ?あぁあれか」クジラらしき絵が見える。薄いなぁ。
言われなければ気付きません。

地上絵の印象と言うと動物の絵に尽きるが、実際は巨大な三角や長く伸びた直線が凄いのかも。
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小っちゃ
2008-02-08 Fri 20:53
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騙されているのではないか?飛行機は飛ぶの?と言う思いは、取り越し苦労に終わった。良かった。朝一のフライトは雲が出てフライトは見合すようであったが、セスナでナスカの地上絵が上空からこの目で見られる。

予定していた時刻より一時間遅れで、ホテルのロビーで待ちくたびれていた私を迎えに車が到着。
車に乗り、他のホテルに泊まる欧米人二人をピックアップしてナスカ空港へ。
10分そこそこで車は止まる。

えっ!!ここ空港ですか?
確かにセスナ機は駐機してあるし、一直線に伸びる滑走路らしきものはある。
でも空港らしき設備が見当たらず。
管制塔あるの?(これは見当たらず、気付かなかっただけど)
デューティーフリーとまではいかなくても売店とかは?
さもすれば旅客機の離発着練習場のような場所にも思える。

しかも空港に入るのも、ちょっとした柵の扉を開けるのみ。
空港に入ると、白くて無骨な小さな建物に入り椅子に座れされナスカの地上絵についての説明がなされたビデオを見せられる。そしてフライトOKの合図が出るまで待機させられる。
なるほど、ここは一般的な空港における航空会社のブース兼待合ラウンジなんですな。

よく考えれば今まで地方空港ってのを利用した事が無いから知らないだけで、日本の離島の空港って、こんなものなのかしら?

さぁフライトの時間だ。
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騙されてない??
2008-02-06 Wed 10:53
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ナスカの地上絵をセスナで上空から望む朝。
目覚ましより早く起きる。これは、リオバンバで列車の屋根に乗る時の朝以来。
遠足気分です。

セスナのフライトは、値切りには失敗したが予約できた。
しかし、よく考えるとホテルのロビーで行われた商談は口約束。
お金だけ取られて、持ち逃げされたらどうしよう!!
相手の素性も分からず、店で商談をしたならば、乗り込んでいく事も出来るのに。
明日の朝、迎えに来ると言っていたが、本当に来るのだろうか?

目覚ましより早く目覚めたのは、楽しみでワクワクして目が覚めただけでなく、
本当に迎えに来てくれるのであろうか?との心配から早く目覚めてしまった。

迎えの予定時刻。7時半。
ホテルのロビーで待っていると、迎えがやって来た。
が、今は曇りなので、フライトの状況を待ってくれとの事。
あぁ良かった。騙されてはいなかった。
待ちますよ待ちますとも。晴れるまで。
ちゃんと飛んでくれるならね。

でも晴れなかったら、どうしよう。
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フライトのお値段
2008-02-05 Tue 20:12
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ナスカの町に着くやいなや、バスから降りるとすぐに客引きが寄ってきました。
私は客引きに着いてゆき、ホテルを紹介してもらう。
紹介してもらったホテルは、小奇麗なホテルでした。
安いホテルですが、なおも私は値切り交渉。
客引きに交渉代行をしてもらい、ホテル代は更に半額に。
しかし交換条件を出されました。

ナスカの地上絵を見るセスナのフライトを予約することでした。
ナスカフライトの値段を尋ねると、45ドルと言われましたが。
高い。30分のフライトで45ドルは高い。
今は、オンシーズンだから高いんだよとか色々な理由を付けれれて
私の値切りをかわして来ます。

最終的に2ドルしかまけてもらう事が出来まず43ドルって中途半端な値段でフライトに望むことになりました。交渉ベタだな俺。

ごり押しの交渉名人達に、後々聞くと25ドルで乗れたでとか30ドルやったでとか聞くと、つくづく交渉ベタだなと思う。ひとりだと、なかなかねぇ。関西人なんだけどねぇ。
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ぶっちぎる
2008-02-04 Mon 23:41
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南北アメリカ大陸を縦断する形で走るパンアメリカンハイウェイと言う道路がある。
パンアメリカンハイウェイは、各国の主要幹線道路を整備しネットワーク化した道路で、アラスカからアルゼンチンの最南端の町ウシュアイアまで続いている。とは言っても、中米パナマで分断されているので一本に繋がっているようなわけではなく、また冬季は積雪のため通行出来ない道もある。

ペルーでは主要幹線道路ペルーハイウェイが、パンアメリカンハイウェイの一部です。
リマからナスカまでもパンアメリカンハイウェイが通っている。

幹線道路となっているリマからナスカまでの道路は舗装もされており、ガタガタ道やウネウネした山道を通ることも無いので、6〜7時間ほどのバス移動もラクラクでした。

ナスカの町に着く数キロ前には、なんと世界遺産のナスカの地上絵をぶっちぎる形でパンアメリカンハイウェイが貫いています。地上絵のある地域を貫いているという訳でなく、まさに絵を横切っているんです。

いやぁ、御勿体無い。トカゲと言われる絵と長方形の絵を横切ってるんです。
気付かなかったんでしょうね。道を通す時に。
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脱出
2008-02-02 Sat 11:36
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リマは怖いなぁ。
まさか自分が“ひったくり”に合うなんて。未遂に終わったけど。
確かに、スラム地区に入った時点でヤバイと感じたのに、そのまま突っ切ろうなんて思った自分が悪いんだけど。。。暫くお外に出るのがトラウマになった。

海外で引きこもりも無いもんね。
しかも引きこもっていた所で、ホテルにいてもご飯が勝手に出てきたりしないし、外に出る他ないんですけどね。

リマは嫌々。さぁ脱出するぞ。
早く退散。ナスカに行くもんね。

さぁ茄子か?ナスカ。
旅人の間で賛否両論のナスカの地上絵見に行くもんね。
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エアスポット
2008-02-01 Fri 20:54
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リマの次の町は何処にするか?ナスカにしよう。あの絵の見れる町にしよう。

以前の投稿にも書いたとおり、ペルーには決まったバスターミナルと言う物が無く各バス会社の所在地から発車する形になっている。バスターミナルは無いが、それでもバス会社が固まった地域はある。そのバス会社の集まる地域へリマからナスカまでのバス運賃はイクラかと調べにバス会社をハシゴする。

その地域には、大手のバス会社は無く小さな会社から中堅クラスが集まっている。
だからと言う訳ではないだろうが、貧しい地域と隣接しており、バス会社のハシゴからホテルに帰る際ふと見渡すと、高いビルなどの建物は無くバラック的な建物で、足下はアスファルトの道でなく砂道になっていた。

都会の真ん中、急にエアスポットに落ち込んだかのように、ヤバいエリアに入り込んだのでは無いかと思ったが、大通りまでの道が200m先には見えていたので引き返さずに突っ切ることにした。スラム的な場所だからと言って、オドオドせず堂々と闊歩する。

大通りまでの距離を半分を過ぎた頃、すれ違う男がいきなりベルトに下げていた小銭入れ(シガレットケースをベルトに掛けていた)を引っ張ってきた。
突然の事で驚きを隠せない私は、体ごと引っ張られる形で壁際に追いやられた。
次に別の男がズボンのポケットを探り出す。
私は必死に大声を張り上げ「何すんねん。離せや」と抵抗。
抵抗を続ける私に、駆け寄ってくる一人の男が助けてくれる。

と思いきや、三人目の男も一緒になってポケットの中を探り、小銭入れを引っ張り出した。
一分くらいの抵抗をみせた辺りで、ポケットの中に入れていた100均で買った時計を盗り、抵抗して暴れた拍子に小銭入れから小銭が道にこぼれると三人は諦めて去っていった。

被害は時計だけであったのだが、興奮治まらない私は、安い時計にもかかわらず持ち去った奴らに尚も食い下がり、去っていく犯人の背中越しに「オイ返せ。時計返せやっ!!」(日本語)と言い、付いていくという暴挙に出た。

そうすると、こんな物要らんわとばかりに時計を投げ出して行った。
無事時計を取り戻し、これが無かったら目覚ましどうなってたやろなんて、どうでも良いことを思いながら、道に散らばった小銭を狙う別の目に睨みを利かせ拾って、大通りまで急いで駆け抜けたとさ。

興奮が覚めてから思うと抵抗なんてせずに、小銭や時計の一つくれてやればよかったのに。

助けに入ってくれたと思った男が一緒になって犯行に加わったんがショックやったなぁ。
一瞬でも信じただけに。
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