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高い遺跡
2007-09-29 Sat 19:07
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アンコール遺跡群の入場料は高い。

世界有数の遺跡の値段としてもバカ高い!!

一日券で20ドル三日券で40ドル七日券で60ドルでっせ!!
めっちゃ高いでしょ。
カンボジアの公務員の平均給料でさえ30ドルそこそこらしいのに。
外国人価格なんでしょうけど・・・高すぎる。

私の行く数年前までは、同じ値段で三日券・七日券を買って観光した人が残った日分を知人に譲るという事が横行していた。せいもあって、今では三日券・七日券のチケットには写真を貼ってラミネート加工しなくてはいけないようになりました。これで悪さが出来なくなりました。

一日券が20ドルだからって言っても、広大なアンコール遺跡を一日で周るのは難しい。しかたなし三日券を買わして頂きました。

私が行った世界遺産の中で、高いなぁと感じた世界遺産は沢山ありますが、アンコールとペトラ(ヨルダン)の25ドルは高かった。
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カンボジアのメイン
2007-09-28 Fri 21:04
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アンコール遺跡群。
カンボジア観光のメインと言ってもいい所。
実際アンコール遺跡群の観光収入がカンボジアの大きな収入源の一つと言っても良いと思います。

アンコールと言うと、アンコール・ワットが有名ですが、ユネスコの世界遺産に登録されているのは、アジア最大の石造寺院アンコール・ワットをはじめ、総数1000を超えるという石造建築の大遺跡群は、9世紀から600年間にわたり、東南アジアに君臨した巨大国家アンコール王国によって築かれた内の、シェムリアップ付近の数箇所の寺院を登録している。

私のアンコール遺跡群への観光が始まる。
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ほんと?
2007-09-27 Thu 20:54
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カンボジア カンボジア

カンボジャ カンボジャ

カンボチャ カンボチャ

カボチャ  カボチャ

かぼちゃ  かぼちゃ

南瓜    南瓜   なんだってね。ホントかね。

1541年(戦国時代)にポルトガル人がカンボジアから持ち込んだといわれ、
カンボジアがなまってかぼちゃと呼ぶようになったといわれています。

ポルトガル語で「Cambodia abóbora」(カンボジャ・アボボラ、「カンボジアのウリ」の意)ですって。

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カンボジア通貨
2007-09-25 Tue 14:28
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カンボジアの通貨単位って何だっけなぁ?ってくらい、カンボジアに居て外国人が現地通貨使うことって、あまり無さそう。

ほぼドルがまかり通ってるんです。日本円は、そのまま使用することは出来ないので、きっとドルを持っていかずに日本円しか持って行ってなかったら現地通貨に両替せざるを得ないので使う事になると思いますが。

ドル持ちの旅行者は、小さな買い物をした時か、半端な零コンマ以下が付いた時お釣りとして現地通貨が返って来ます。
現地通貨を手に入れても、ほとんど使い道が無かったです。
結局通貨がお土産の一つになったぐらいです。

現地通貨は、Riel(リエル)と言います。
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流されるまま。
2007-09-24 Mon 20:40
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土埃を舞い上げて、服も顔もドロドロになりながらアンコール・ワットを有する町シェムリアップの町に着いたのは既に夕刻を過ぎた頃だった。

この時間からアンコール・ワットに行くわけにもいかず、とりあえず宿探しを始めることになるのだが、ピックアップトラックが提携しているだろう宿に連れて行かれた。ここシェムリアップにも、タケオゲストハウス・チェンラゲストハウスと言う日本人宿があるのだが、たまには流されるまま連れて行かれた宿に泊まるのも良いだろう。

泊まってみれば、住めば都じゃないけど良いですよ。
小さいけど、レストランバーも併設しているし、部屋も小奇麗だし、車の走る通りから離れているので静かだし、いい所ですよ。

「ギャー――!」

ビッグサイズのカエルと部屋にイモリ・ヤモリが居るのと、チョット買い物に行くのにも暗がりの道を歩かなければ行けず、犬に吠えられることさえ除けば。爬虫類無理です。
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土埃舞い上がる
2007-09-22 Sat 16:48
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カンボジア入国後、アンコール・ワット観光拠点の町シェムリアップまでの移動手段は、バスとピックアップトラック(大きい荷台の軽トラみたいなん)の2種類。

私は、ピックアップトラックを選んだ。
しかもピックアップトラックの荷台に乗ることを選んだ。
それは風を受けて走るのが気持ち良さそうだったし、何より最安の移動手段であったのでトラックの荷台に乗ることを選んだ。

数年前「進ぬ!電波少年」と言う番組内で「電波少年的アンコールワットへまでの道の舗装」と言うコーナーをやっていた。
カンボジアの道と言うのは、ほぼ未舗装である。
何も道が無いわけではない、日本の道路のようにアスファルト舗装ではなく、土の道が続き、途中穴ぼこ突如現れたりが続くのだ。
電波少年のコーナーでやっていたのは、タイのアランヤプラテート・カンボジアのポイペットの国境からアンコールワットまで続く道では無い様であったが、その国境からアンコールワットまでの町への、言わば幹線道路とも言うべき道でさえ、アスファルトの道ではなく土の道が続く。

その土の道をトラックで走ると言うことは、土埃を巻き上げて走るのだ。それをトラックの荷台に乗って走ると言う事は、20分も走ると体中土埃まみれになってしまう。

風を受けて気持ち良いかと思いきや、風に舞った小石は顔に当たるし、服はドロドロになるし、橋を渡るときにはトラックは飛び上がるしで、何にも良いこと無しでした。
安いからって安易に選んだらあきませんね。
いい思い出っちゃ良い思い出ですけどね。
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ドラフト候補
2007-09-21 Fri 20:28
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カンボジアに大枚払って入国をした後、バス乗り場に向かった。

アンコール・ワット観光の拠点の町シェムリアップまでの移動手段としてはバスがあるのだが、もう一つ手段がある。

所謂バスらしいバスと、もう一つはピックアップトラックと呼ばれる軽トラみたいな荷台の大きな車。ピックアップトラックの助手席と荷台に乗る。この3種類が、移動手段。

値段的に言えば、バス>ピックアップトラック助手席>ピックアップトラック荷台。
どれに乗っていくか悩んだが、値段的にもピックアップトラックの荷台が安いし、風が気持ち良さそうだし、決めたピックアップの荷台に。

この選択肢が間違えた気がするのは、この後20分後から始まることになる。
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あまりにも高いよね。
2007-09-20 Thu 21:02
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タイとカンボジアの国境ではもちろんのことながら、出入国に関する手続きが必要になる。

タイ側の出国は全く問題なく通過することが出来る。
一方カンボジア側の入国には問題がある。
カンボジア入国にはビザが必要になる。
カンボジアビザは事前に取得しなくても、国境でもカンボジアビザを取得することは可能だ。
ビザが国境で取れるなら問題ないようなものだが、ここには落とし穴がぁ。

カンボジアビザは、公的にUS20$で取れることになっている。
しかし国境では、必ずと言って良いほどタイバーツ払いの1000バーツを要求してくる。タイバーツは1$=40バーツくらい(2001年当時)と言うことは、1000バーツは25$なんです。
高いじゃないか!!
堂々と1000バーツ要求してくるって、無茶苦茶です。
国境賄賂を5ドルも取るのって、無茶苦茶です。

対決姿勢を見せて、公式には20$だろって言って反論する事も出来るけど、払わないと通さないって言われると、どうしようもない。足下見てやがる。

1000バーツ払いました

ビザ取得は、ご計画的に。
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カジノの町
2007-09-19 Wed 20:37
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タイとカンボジア国境の町アランヤプラテートはタイ側の寂れた町で、カンボジア側はポイペットも同じく寂れた町ではあるのだが、カンボジア側の町ポイペットにはカジノが出来る場所が数箇所ある。

タイではカジノ経営が許可されておらず、またタイとカンボジアの入管事務所の間の場所にもカジノがあったりもするので、タイ側から訪れた人はカンボジアの出入国をせずともギャンブルに興じることが出来る。

カジノなんて出来る場所なんて、結局お上品な所ではないね。
一攫千金の夢はあれど、石橋を叩いて渡る私はカジノなど目にくれず(旅人稼業しながら石橋を叩いてなんて良う言うゎなんて)早速アンコール・ワット観光拠点の町シェムリアップ行きのバスを探す。

宵越しの金なんて持たねぇ。なんて江戸っ子な、刹那な生き方出来ません。憧れつつも。やってる事たいして変らんけど。。。。。
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駅。
2007-09-17 Mon 16:53
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早朝のバンコク・ファラポーン駅は、人・人・人でゴッタ返していた。

田舎に帰るもの。小旅行に出掛ける家族連れ。はたまたガイドブックとにらめっこの外国人旅行者。

チケット販売は、自動販売機で売るタイプではなく、対面式で数十箇所の券売所が並んでおり、その上その一つ一つの券売所に10メートル以上はあろうかと言う列が出来ている。

自動販売機で買う訳ではないので、券売所に並び自分の番が来ても会話をしないとチケットを手にすることは出来ない。
会話と言ってもタイ語なんて出来ないし、英語も双方ソコソコしか出来ない、結局行き先を連呼するくらいしか出来ないのよね。
僕は「アランヤプラテート(タイとカンボジアの国境の町)。アランヤプラテート。ア・ラ・ン・ヤ・プラテート」と連呼する。
券売所のスタッフも「分かった。分かった」って感じに、発券してくれる。

何とかチケットをGETすることが出来ました。やったね。
これでカンボジアの道が一歩開けました。

写真の象。ほんまもんみたいでっしゃろ!!
公園にある作りもんでなんでっせ!!あまりの出来の良さにビックリ。
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セカンド・タイ
2007-09-16 Sun 16:00
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恋も二度目ならと歌っていたのは中森明菜ですが、
私はタイも二度目ならです。

9.11テロにより南米行きを断念せざるを得なかったので
安易に東南アジア方面なら大丈夫だろうと行き先を変えた旅。
目的は、前回行けなかったアンコール・ワットとタイの島にでも行こうってものにしました。

と言うことで、やってきましたタイランド。
バンコクも2度目になりますので、ドンムアン空港深夜到着便でも少しは心に余裕があります。

到着は日付の変る頃。
ここでの選択肢は、深夜からでも宿を探しに街に向かうか、朝まで空港で過ごして朝になってから移動をするか?どちらか?
バンコクの安宿街カオサンは寝ずの街なので、深夜からでもカオサンに到着さえすれば宿探しは可能だろうが、
今回は空港で朝まで過ごし、朝一バンコク中央駅ファラポーンに向かい、そのままカンボジア国境行きの電車に乗ってしまおうと言うことにした。

朝まで空港で過ごすと言っても、特別娯楽施設がある訳でもなく、チョットした買い物をするにも相場より高いですし、時間を潰すにはヒューマンウォッチングくらいしか出来ないんですよね。
それでも、2時間くらいが限度で、仮眠をとるのも不安なので、午前3時を回ったあたりですることが無くなってしまうんです。

どうする俺?
タイも2度目なら、少しは上手よ。
確か、空港外に出ればファラポーン行きの路線バスが24時間走ってたんじゃない?
空港で過ごすのにも限界を感じていたので、行くべし行くべし。
私は、空港を出て待合タクシーの客引きにも目をくれず、バス乗り場に行きバスを待つ。深夜3時を回った時間であっても、バスを待つ人はいる訳で、一時間に一回来るか来ないかのバスではあるが、バスを待つ。

何分待っただろうか?走ってきた29番のバスが来たことに喜びを覚え、思い荷物を背負いなおして乗り込む。相変わらず空調の利きすぎたバスには参ったものだが、夜中のバンコクの街を車窓から眺める。
30分ほどバスに揺られ、ファラポーン駅に着く。
早朝であるにも拘らず、人でごった返す駅のコンコースにビックリ。

次回のバンコクでは、こうは行かないのがガッカリだ。
バンコクの新空港は、まだ初めて。勝手知ったドンムアン空港が良いな。新空港スワンナプームも楽しみではあるが・・・
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親の心子知らず
2007-09-14 Fri 20:43


6年前に起こったNY同時多発テロが、少なからずや私にも影響を与えた。

6年前の9月11日。
長らく勤めていた所を辞めて送別会をしていただいた帰りの電車の中で、一緒に帰っていた友人の携帯のメールに「NYのビルが溶けている」と言うニュース速報が入った。

私は仕事を辞めて1週間後に南米に旅立つ予定をたてていた。
日本から南米に行くには、直行便は無いため普通アメリカ経由となる。
すなわち1週間後アメリカ行きの飛行機に乗らなければならないと言う事。

僕は、こう言う時であるからこそ、安全なのではないかは無いかと言う思いもあったのだが、普段旅行について何も言わない母も不安がって南米行きを反対をした。2日後、旅行会社の方から「テロがありましたので、キャンセル料は頂きませんので、キャンセルしませんか?」と話がありましたので南米行きはキャンセルすることにしました。

キャンセルしたお金を払い戻してもらうために旅行会社に行くと、南米行きはアメリカ経由だから安全では無いということは、アジアなら大丈夫だろって思いが心に芽生え「タイ行きのチケットは今からでも取れますか?」と尋ねてみた所「行けますよ」との事で、急遽タイ旅行に行く事に変りました。

南米がダメなら、アジアは良いか。
なんて親には理解の出来無いことでしょうね。親の心子知らず。
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税関にて
2007-09-12 Wed 21:09
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43日に亘るエジプト・ヨルダン・シリア・レバノン・トルコ・ギリシアの地中海東岸をグルっと巡る旅を終え日本への途についた。

日本に着いてドキドキすることありますね。
税関です。
別に申告する物が無くても、質問を受けたりするだけでドキドキします。街で警察官を見かけると、何も無くてもドキドキするのと同じようなことです。

特に、自分のようなバックパッカーの一人旅であると税関の方の質問も厳しかったりします。また、何処からの帰国便に乗っていたか?東南アジア帰りだと厳しいかったりします。女の方の一人旅では、それほど厳しくないようですが。

今回の税関の審査では
「今回は何処に行ってきたんですか?」(税関)
「エジプトとかトルコとかギリシアですね」(私)
「どういう目的で行って来られたんですか?(税関)
「観光ですね」(私)
「どう言う所が良かったですか?」(税関)
「やっぱりピラミッドとかカッパドキアとか良かったですね」(私)

「では結構です」(税関)となれば良かったのですが、
「チョットお荷物の方見せてもらって良いですか?」(税関)
「良いですよ」

僕の鞄の中からは、家の鍵に付けているキーホルダーが出てきた。
キーホルダーは、ピルケースのような真鍮製の中を筒状になったもので、開けると中に薬が入れれるようになっているタイプの物ですが、実際薬を入れるようなことは無く、形が好きで買ったキーホルダーなのですが、税関の人にはそんなことはどうでも良いのです。

税関の人は、キーホルダーを開けて中を調べます。
キーホルダーの中は、スス状の汚れがついていた。
そのスス状の汚れが、税関の人には何かの葉っぱを入れていた汚れに見えたようで
「チョット中の汚れを調べさせて良いですか?」と言われ別室に連れて行かれました。

別室では、スス状の汚れを何かの薬品に付け調べられました。
「この薬品の色が変ると、マリファナとかの葉っぱが入っていた証拠になるよ」と税関から言われました。
私は、全くそう言った心配は無かったので「どうぞどうぞ調べてください」って気持ちでしたが、キーホルダー自体が輸入品で、キーホルダーを買ったショップが、どう言う経緯で入手したかは分からないし、前に使っていた人がいて、その人がマリファナ入れに使っていた可能性だって考えられる。どんどん心配になってくる。

結果発表。
スス状の汚れの、中身は分かりませんでしたが
税関の人曰く「タバコの葉っぱ等が入っていたんではないか」だそうです。
助かりました。良かったです。

その後も詳しく鞄の中を調べられた結果
とある物が出てきて没収されたのは、別のお話。恥しや。
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番外編
2007-09-11 Tue 21:11
6年前、長らく勤めていた仕事を辞め1週間後に南米を旅に出かける予定をしていた。
当日、僕のために送別会を開いていてもらっていた帰りの電車。
友達の携帯電話にメールに「NYのビルが燃えて溶けている」と入った。

9.11NY同時多発テロが起きた日だった。
家へ帰り、テレビで見た映像は大変ショックであり、それでいて実感の無い本当に起こっているのか分からない映画的な映像でした。
飛行機がビル、それもNYを象徴するビル2本に突っ込むなんて考えもよらなかった。
連日のニュースで同じ映像が流され、イスラム教原理主義団体によるテロ活動であることが明らかになり、多くの命が奪われ、その人数は日を時間を追うごとに爆発的に増えていった。

2日後、南米行きを控えていた僕の所に、航空券を買った旅行会社の方から電話があり「先日のテロがありましたので、航空券の払い戻しは無料でさせていただきますのでどうですか?」との事でした。
今まで、僕の旅行に反対はした事の無い家族も、アメリカ経由の南米旅行も流石に今回は反対と言うことで旅行を辞めることにした。


テロは、無関係の人を巻き込む。全く許しがたい行為です。

その1週間後、南米行きを断念した自分は、方角を東から西に変え、アジア旅行に行くことにしました。結局旅行行くんかーい。って感じですが。
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そろってる?
2007-09-10 Mon 20:49
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ギリシア・アテネ市内には、衛兵が守る「無名戦士の墓」があります。

ギリシア独立戦争(オスマントルコからの独立)の際に亡くなった名も無き戦士達の墓だそうです。
無名戦士の墓の衛兵は、毎時交代式があります。
衛兵が交代するのは、イギリスのバッキンガム宮殿が有名ですよね。
バッキンガム宮殿は、イギリスの王家が住んでるので衛兵が守ってるのも分かりますが、「無名戦士の墓」も襲われたりするんでしょうか?
亡くなっていった戦士達へ敬意をはらってるんでしょうか?
真夜中も居るんだそう。

衛兵二人の交代は、寸分狂わぬ動きで、やたら足と手を上げて動きます。
それにしても、衣装がやったらカワイイ。靴の先には、フサフサのボンボンが付いております。
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噂の真相。
2007-09-08 Sat 09:01
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旅人と言うものは、ジブリ好きが多い。ように思う。

全日本人のジブリ好きの割合より旅人の中でのジブリ好き率は高いように思う。

ジブリの作品は、海外をモデルにしている作品が多い。
宮崎氏は、この作品のモデルは何処であるとか断定はしない。
「紅の豚」はイタリア側のアドリア海であるようだが。。。

あの作品のモデルは、ここらしいでと旅人の間でも噂する町の沢山ある。
結局モデルとした場所は色々な場所を混ぜこぜにしてアニメの中に作られた世界なので、あくまで噂の域は超えない。

「魔女の宅急便」のキキの暮らした街は、ギリシア・エギナ島の街らしいで。(嘘です)
ただ僕が「魔女の宅急便」の街みたいやなって思っただけの話です。
僕はクロアチアのザグレブとかって説を聞いたことがあります。
宮崎氏が言うには「第二次世界大戦を経験しなかったヨーロッパ」だそうです。それ何処?
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真っ白な
2007-09-07 Fri 13:55
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アテネから日帰りの出来るエーゲ海の島と言うことで選んだエギナ島。

エーゲ海に浮かぶ島の緑がかった海・青い空・白い壁の家の並ぶイメージ通りの島と言うわけでは無かったが、港付近はタコなどを食べさせる海鮮料理屋が建ち並び、島特産のピスタチオが売っていたり、一歩奥に入ると可愛らしい町並みが広がっていたり、島中心部の住宅地には、これぞって思い描いていた真っ白な教会が建っていた。

青い空と白い雲と真っ白な壁の教会を見たときに、僕はコレを見に来たんだなぁって思った。
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エーゲに浮かぶ
2007-09-06 Thu 23:31
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ギリシアは、地中海に突き出したバルカン半島の最南端部と、ペロポネソス半島更にエーゲ海を中心に浮かぶ3000もの島からなる国である。

私はギリシアに来たからにはエーゲ海の島に行かねばと、アテネから日帰りの出来る島に行ってみることにした。
まずは、アテネ市内から地下鉄に乗りピレウス港に行き、フェリーのチケットを買う。
3000もの島がある中でも、日帰りが出来、観光客の行くようなフェリーが出ている島は幾つか在るが、私が選んだのはエギナ島と言う、ピレウスの港から30キロ・時間にして35分の所にある島。過去には、アテネと争いを繰り広げるほど栄えていて、独立戦争中の一時には首都にもなっていた。
適当に選んだ島としては、いい感じの歴史のある島に降り立ちました。

本当は、時間があれば有名なミコノス島サントリーニ島ロードス島とかに行きたかったなぁ。
緑がかった海、青い空、白い家、車もバイクも走れない移動はロバでみたいな島に行きたかった。
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中東との違い
2007-09-05 Wed 23:47
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エジプト・ヨルダン・シリア・レバノン・トルコと中東各国を周ってきてギリシアに入ったのだが、ギリシアに入ってヨーロッパに入ったんだなと思う点が幾つかある。

過去の投稿でも、チョロチョロと書いてきたが、一気にイスラム教の教会モスクがなくなったり、道がキレイと言うか街の中心部繁華街では石畳になっていたり、もちろん物価が上がったなんてことも感じる。

その他の、ヨーロッパに入ったんだなと感じた所の一つに、アテネ一の繁華街・アテネの南青山なんて事も言われたりするコロナキ地区に行った所、ピンクの服に身をくるんだ女の人たちが何やらパフォーマンスをしていた。

まず、中東のイスラム圏では女性が外出することも控えたり、外出の際に女性はベールを被ったり、比較的イスラムの教えが緩いトルコでさえ、女性が街中でパフォーマンスなんてする事は無いだろう。と言うか、女性どころか街角パフォーマンス自体している姿は見た事が無い。

何をやっていたのか分からないけど、楽しげなパフォーマー軍団でした。
コミカルに、買い物や子育てみたいなコントを繰り広げておりました。
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グリース料理
2007-09-04 Tue 21:01
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ギリシア料理ってのは、日本ではあんまり馴染みが無いような気がします。

ギリシアの大衆食堂の名前を“タベルナ”と言います。
タベルナ=食べるな。食堂の名前としては、どうなの?と日本人的には思ってしまいますが、日本語と外国語の同音異義語って、たまにありますよね。はたまた、ハンガリー語で“シオタラン”と言うのは“塩気が足りない”って日本語の発音と意味も同じなんて言葉もあります。余談ですが・・・

アテネでは、よくタベルナに行きました。
ギリシア料理は日本では馴染みが無いので、僕もあまりどんな料理があるかを知りませんでした。隣接するトルコとも似ている所があり、オリーブオイルを多様することが多いようです。
その中でも、名前の聞いたことのある名前の料理があり、それを注文しました。
「ムサカ」と言う料理で、ナスと挽き肉、ジャガイモを重ねてベシャメルソースをかけてオーブンで焼いた料理。言わば、ナスのグラタンのような料理で、結構美味しくって、タベルナに行くといつも頼んでいました。

偶然にも、僕の行っていたタベルナには日本人のおじさん旅行者が居られて、いつもビールをおごってくれました。ありがとうございます。
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世界有数の
2007-09-01 Sat 14:40
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世界での知名度は知りませんが、日本で高い知名度の世界遺産は数あります。

エジプトのピラミッド・フランスのモンサンミッシェル・カンボジアのアンコールワット・ペルーのマチュピチュとナスカの地上絵・アメリカの自由の女神・オーストラリアのエアーズロック・イタリアのピサの斜塔などなど・・・

ギリシア・アテネのアクロポリスの丘にあるパルテノン神殿の知名度もかなりの物じゃないでしょうか?

パルテノン神殿は、紀元前432年に建設され処女神殿と訳される。
かのUNESCOユネスコのシンボルマー