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バス内の出来事。
2007-07-31 Tue 11:20
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カッパドキアを夕刻を過ぎた7時前に出て、トルコ西部の地中海に近い場所にある古代都市エフィスがあるセルチュクと言う町に向かうバスに乗ることにした。

僕らを乗せたバスは、トルコ内陸部を走る。

バスには、最初隣の席に誰もおらずゆったり過ごす事が出来て楽だった。
しかし、途中から乗車してきた客が僕の隣の席に座ってきた。
隣に誰もいなく二席をゆったり過ごしていただけに、僕はあからさまに嫌な顔をしてしまっていたと思う。隣に座った男は、僕に話しかけてきた。移動中は寝ようと思っていた僕は、嫌な顔をしていたに違いない。
彼はトルコ人であるのに英語が達者だった。何度もこのブログで書いてきたが、だいたいに於いて相手の英語について行けない英語力の私。
何とか、言葉の壁もあったものの会話が進んでいく内に、彼がドクターである事が分かったり、話は盛り上がり、最後はメール交換をすることになったりした。最初に嫌な顔をしてしまったことを悔いています。

休憩中のバスを降りると、雨は夜更け過ぎに雪と変わっていた。
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交換条件。
2007-07-29 Sun 20:46
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カッパドキアに沈む夕陽を眺めようと、町の外れの高台へ向かってみたー。

曇りがちな空は、僕には赤く染まる空とローズカラーに照らされる奇岩を見せてはくれなかった。

高台から町に戻る途中の道で、二人の少女に出会った。
彼女達は、僕に「何か、頂戴」と言ってきた。彼女達の言い方からすると、「GIVE ME MONEY」の意味合いは含まれてない様子。
お菓子の類が欲しいといっているみたい。

僕もお菓子は嫌いなほうでは無いんだけど、常に口寂しくお菓子を頬張っている時期と、全く欲しない時期に分かれていて、その時は後者の時期に突入しており、何も持っていなかった。

それでも、何か無いかと鞄の中を探ってみた。
ゴソゴソすると、あった。
何故か、シリアの博物館に行った時に、日本人の団体ツアーにブチ当たってオバちゃんが「一人で旅行しているのエライね」(小学生ちゃうぞ)ってくれたのが、そのまま残っていたのがあった。
貰った物を、横流しするのも何やけどあげるか。
でも何もなしにあげるのも、ちゃうし写真を撮らせてもらう交換条件を差し出した。

写真撮影後、交換にお菓子をあげた。
美味しかったかな??クロレッツ。

期待はずれだったろうな、多分。
彼女達の言うお菓子って、きっとチョコとか甘いものだったろうから。
口の中“スー”ってしたかな。
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良い子は真似するな。
2007-07-28 Sat 21:42
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カッパドキアのギョレメ地区にある、ギョレメ屋外博物館は、30以上の岩窟教会がある。

この地区がキリスト教の時代があった証拠です。

岩窟教会は、通常の教会と同じく丸天井になっているものも多く、保存状態の良い教会では、聖書のエピソード等のフレスコ画が残っております。

特にカランルク・キリセ(暗闇の教会)と呼ばれる場所は、入り口から光が入り込まなかったため絵の保存状態がとびきり良い。

光が絵の状態に影響を与える。
カメラは、もちろんダメよ。
でもフラッシュ無しなら良いでしょ?ダメだろうな。ゴメン。
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おそらく・・・・
2007-07-27 Fri 20:55
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トルコの大人達の社交場で、おじさんにお茶を奢ってもらい、ご馳走になりながら、おじさま達がゲームに興じるのを見物していた。

おじさま達が、タラオと呼んでいたおそらくバックギャモンに飽きると、次に彼らは違うゲームを始めた。
そのゲームは、観たことの無いものであったが、それぞれに配られた数字の書かれた札を、同じ数字で集めたり、要らない札を場に捨てたり「OK」と彼らが呼んでいたゲームは、おそらくマージャンに似たようなゲームなのではないかと思われた。

おじさま達は、夜な夜なお茶を傾けながらゲームに興じるのな。
お酒の飲めないイスラム、健康的だな。ただ、あの甘ーい砂糖たっぷりのチャイを飲みながらってのは健康的とは言えないかも。
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まぁ一杯。
2007-07-25 Wed 20:55
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カッパドキアのギョレメ地区をブラブラ歩いていると、大人の社交場マクワと言うおじさんたちがゲームに興じる場所があった。

どういったゲームをしているのか、窓の外から眺めていると、中のおじさんが手招きをしてくれたので、入ってみることにした。
おじさんたちは、ゲームをやっている隣に椅子を置き、「まぁ座れ」と言って、紅茶(チャイ)をご馳走してくれた。
トルコのチャイは、下の方に溜まるくらい砂糖を多めに入れて、ビックリするくらい甘めで飲むスタイル。

あまーいチャイを飲みながら、おじさん達のゲームを見ていました。
おじさん達のやっているゲームはルールこそ知らないが、見たことはあります。おそらくバックギャモンと言われるゲームだ。トルコでの言い方では、タラオって言うらしい。

バックギャモンは、サイコロを振って進めていく、多分スゴロクみたいなゲームなのかな?
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これぞ
2007-07-24 Tue 20:59
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これぞ、THIS IS カッパドキア。
カッパドキアが、キノコ岩と言われる所以。

シメジか?シイタケか?マツタケか?
キノコ三兄弟。

岩の柔らかい部分と硬い部分が侵食によってオモロイ形になっていく自然の神秘。作り上げた芸術ではないのが不思議を与えます。
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完敗。
2007-07-22 Sun 22:55
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カッパドキアではレンタバイクをして周ってみた。

バイクを借りるのに、特に国際免許の提示など証明書は要らなかった(ホンマは提示の必要は無くても無ければ無免許と一緒で罪です)
代わりにと言うわけでは無いが、パスポートもしくはチョットした大金(額は忘れた)をデポジット(預かり金)として預け、ようやく借りられる運びとなる。

半日借りて、カッパドキア周辺をバイクで周り、返却の段になり店側とモメちゃいました。

レンタバイクは、ガソリン満タン貸し満タン返しが原則。
それは、分かっている。
でも、ガソリンスタンドが近くに、帰ってくる方向とは逆方向にあったので、そのまま返すことにした。あわよくば、そのまま済むかなと思っていました。

でも、もちろん「ガソリンが足りない」って話になるわけで。
「でも、ガソリンスタンドが無かったんだ」と言うと(ここまでは自分が悪いのは分かっています)
「じゃ、ガソリンはウチのを入れる。1ℓあたり○○トルコリラだ」と言われた。
あれ?途中で見たガソリンスタンドの表示では、そんなに高くは無かったはず。エライ法外な!!

僕は使えもしない英語で「ガソリンスタンドでは、もっと安かったはずだ。高すぎる」と不思議なもんで、比較級って、こうだっけな?なんて普段なら頭を働かせないと出てこない英語もスラスラ出てくる(と言いつつ、単語繋げただけで文法もヘッタクレもない、無茶苦茶英語)

「ウチの値段では、こうなんだ」
「でも、いくらなんでも高いだろ」
と平行線の争いは続いたが…

いくらコチラが強気に出たところで、人質を取られている身の私が勝てるはずも無く。パスポート返して欲しいがあまりに
「じゃ、ガソリン入れてくるから。もう一回バイクを貸してくれ」
と言って。泣く泣く、ガソリンスタンドまでバイクを走らせた。

満タンにした後、文句つけられたら堪らんから、坂道ではエンジンを切って極力ガソリンを使わずに返してやった。
「ほら、満タンやで。パスポート返して」
完敗です。

日本にいるときは、殆んど喧嘩もしないし、言い争いをすることも無い平和主義(事なかれ主義とも言う)喧嘩って体力いるし、面倒くさいし、我慢しているけど、海外に出ると解放して喧嘩とかしちゃうんだよな。殴ったり蹴ったりするわけじゃなないし、基本的には無秩序で余りにもナンセンスな事とかモラルの無さに怒ったりするだけですけど。
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寒い中、風を切る
2007-07-21 Sat 15:50
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カッパドキアでは、降ってこそいないが道の脇には、まだ溶けきらない雪が残るほどの寒さにも関わらず、バイクを借りて周る事にした。

ニットキャップを被り軍手をしても顔に当たる風は、寒さを通り越して痛いくらい。(ノーヘルです)

それでも、バイクで風を切りながら、地下都市へ向かったり、パジャパーと呼ばれる、これぞキノコ岩と言う一つの岩から三つのキノコが生えたように見える奇岩地区(カッパドキアはキノコの形をした岩が沢山あるのが一般的なイメージだと思うが、実際はキノコ型は比較的に少なく、どちらかと言うとタケノコ型なんかが多い)を半日かけて周った。

バイクを借りる時には、デポジットとしてパスポートを預けさせられたのだが…
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エライ寒いんぞ!!
2007-07-20 Fri 20:42
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カッパドキアって、内陸になってるんで、めっちゃ寒いんです。
2月の中旬と言うこともあったかもしれないが、雪が積もるほどの寒さでした。同じトルコでも地中海沿いの場所であれば、それほど寒くは無いのですが。

泊まっていた洞窟を使ったホテルが、また寒いッたらありゃしない。
夜になり、更に寒くって毛布に包まっても寒い。
どうしようもないので、フロントに何とかならないかと交渉に行くも、従業員が居ない。
どうしたものか?我慢するしかないのか?と思ったが・・・このまま寝たら寒くて死んじゃう。
困っていると、隣の部屋に居た欧米人が自分の部屋のヒーターを貸してくれた。助かっちゃいます。これで、安心して寝れます。

熱波でも命の危険を感じることもありますが、寒波はより命の危険を感じる気がします。

ヒーターを貸してくれた欧米人。今更ながら、アリガトウ。

欧米人って、寒さにやたら強いんよね。
なんでこんなに寒いのに半袖やねんって思うときあるもん。
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えっ!!こっちですか?
2007-07-19 Thu 20:46
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カッパドキアと言えばキノコの形をした岩で有名。

あまり知られていないが、南部には巨大地下都市がある。

地下都市と言ってもピンとこないかもしれないかもしれないが、蟻の巣に入り込んだみたい。余計分からない?

入り込むと迷路のようで、写真のように矢印通りに進んでいかないと、きっと迷って出て来れなくなるだろう。何せ地下8階まであり、横の広がりも大きく、外からの侵入を防ぐように丸い岩が道を塞いで置いていたりする。

昔はキリスト教徒が住んでいたとされ、礼拝場があったり教室があったり、寝室・厨房・食料庫はたまた井戸もありと共同生活が営まわれていた事もうかがい知れる。

地下の都市を探る探検って、川口浩になった気持ちで男の子の心を擽ります。
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一風変った。
2007-07-18 Wed 21:40
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カッパドキアのホテルには、一風変ったホテルがある。

一風変ったというか、この地方では当たり前であった形のスタイルであったのかもしれない。

この地方の人は、岩山をくりぬいて作った洞窟を住居として実際使っていた。
その洞窟跡を宿として使っているホテルが数箇所ある。

カッパドキアを有するギョレメに着いた私は、ホテルを2軒まわってみた。
普通の宿のスタイルと洞窟を使ったホテルの2軒を回ったが、ここへ来て普通のホテルに泊まっても仕方が無いので、洞窟ホテルに泊まることにした。

洞窟の中のホテルって、世界でもそうはないよね。
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バスの国。
2007-07-17 Tue 23:45
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アダナの町からキノコ岩で有名なカッパドキアに行くバスが、もう既に出てしまっていた為、途中にあるカイセリと言うまでの夜行バスに乗ることにしました。

トルコは広い国土を有していて、鉄道も走っていますが、バスの方が広く便利に全国を網羅しています。各町を拠点とするバス会社があり、何処に行くのにも便利なのです。

夜にアダナの町を出たバスは、カイセリに午前4時に到着。
午前4時にオトガルと呼ばれるバスターミナルに着いて、何が出来るでしょう?次の町カッパドキアを有するギョレメ村へのバスは7時発。

バスターミナルの外には何もナーイ!!
仕方が無いので、オトガルのベンチで仮眠。
野宿とは言わないまでも2時間仮眠。

バスが便利な国って、移動が楽になるので旅が断然違ってきます。
道が安定してキレイなのもバス移動が楽になりますよね。
夜行バスってのも、しんどいけど宿賃浮いて貧乏旅行者にはもってこいです。
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ハイク
2007-07-15 Sun 14:26
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中東ちょいマニア三国(ヨルダン・シリア・レバノン)を抜けトルコに入り、アンタクヤと言う町を経てアダナと言う町に入った。

アダナからはキノコ岩などの奇岩地帯カッパドキアへ直行するつもりでいた。しかしカッパドキア行きのバスは既に出発した後だったので、そのままアダナに宿をとって一泊する手もあったが、残された時間も少ないので、とりあえず前進。
そのままバスターミナルで、カッパドキア近くのカイセリと言う町までのバスチケットを買うことにした。
夜行バスを買ったため、時間が中途半端に空いてしまった。

バスターミナルで数時間、バスターミナルの近所のごはん屋で飯を食べるのもツマラナイので、バス会社で荷物を預けて町の中心部まで行ってみることにした。
ターミナルから中心部まで路線バスで行くか?タクシーで行くか?

ふと思いついた。とんでもないことを。
もう猿岩石がユーラシア大陸横断ヒッチハイクをしてから何年も経っていると言うのに・・・
バスターミナルから町の中心部までぜいぜい10数キロだろう。
交差点で止まっている車の窓をノックしてみた。

ウインドーを開け怪訝な顔をする運転手に、私はトルコ語の片言で
「町の中心部まで行きたい」と伝えた。
我ながら思い切った行動に出てしまった。

どうなる事かと思ったが・・・町の中心部まで連れていってもらった。

何をともあれ町の中心部まで連れて行ってもらったので、ロカンタ(トルコの庶民的なレストラン)で食事をしてブラブラして、帰りはちゃんと我に返って路線バスに乗ってバスターミナルに帰りました。

ヒッチハイクをした車のオーナーが善い人で良かった。
悪い人なら事件に巻き込まれてもおかしくないケースだったかも・・・反省。

写真はアダナの町にある、メルケス・ジャミィと言う名のおとぎ話に出てきそうなモスク。
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土耳古(トルコ)
2007-07-14 Sat 09:37
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ヨルダン・シリア・レバノンの中東3ヶ国を旅行してきました。

この3ヶ国は日本でも一部の人しか知らない国かも・・・
中東3ヶ国を抜けトルコにやってきました。

トルコ。
この国は日本でも有名な国なので知っている方も多いでしょう。

一時期は日本の大学の卒業旅行なんかで女子大生たちが、こぞってベトナムやトルコに行ってました。
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間が悪い。
2007-07-11 Wed 20:17
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アレッポは世界最大規模のスーク(市場)がある。

それは行っておかなければと思ってスークを訪れた。
「あれっあれっ?」
店はいっぱいあるけど、シャッターめっちゃ閉まってるし。
カレンダーを覗くと、今日は金曜日。
イスラム教において金曜日は、他の曜日とは違う意味を持つ。

金曜日の正午前には、教徒は体を清めモスクへ行き指導者のイマームの説教を聞き礼拝が行われます(金曜礼拝)
イスラム教の金曜日は、ユダヤ教の安息日(土曜日)キリスト教の主の日(日曜日)とは違い礼拝に行く以外は普通の日と違いが無いらしいです。
ユダヤ教の安息日キリスト教の主の日は働くことが罪とされるが、イスラム教では礼拝が終われば、仕事に戻っても良いし他のことをしていても良いそうです。

スークが閉まっていたので、翌日にリベンジして見に行きました(写真)
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シャボン
2007-07-10 Tue 21:04
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シリアの第二の都市であるアレッポは、もしかしたら首都であるダマスカスより日本では有名かもしれない。

アレッポと聞いて、シリアの都市であることは知らないかもしれないが、アレッポで作られる石鹸の中の石鹸アレッポ石鹸の名は聞いたことがあるかもしれませんね。
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アレッポの石鹸

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アレッポの石鹸は、石鹸発祥とも言われ、5千年以上の伝統を持つ地中海地方で作られたオリーブ&ローレル(月桂樹)オイルで作られた自然石鹸で、原料となるオリーブオイルに含まれるオレイン酸が人の肌の脂肪酸と似た組成をしているため汚れを落としつつ脂肪酸を補う効果を持っています。
古くからの伝統的な製法を頑固に守り抜き、釜で3昼夜もの間熱を加えながら練り上げ、オリーブオイルはゆっくりと石鹸になっていくのです。シリアではこの過程をクッキングと呼び、時には口に含み、味を見るようにして作っていきます。料理をするように丹精を込めて作られ、合成防腐剤・酸化防止剤・合成香料等の添加物は一切使用していません。

出来上がった石鹸は、風通しの良い室内で自然乾燥にさらされ、初めは深緑色の石鹸の表面が、乾燥するにつれて徐々にアメ色に変わっていきます。外側は茶系統、中味はグリーンとなります。

別に自然派化粧品の売り子じゃないですけど、洗顔が美の基本かもね。
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迷い道
2007-07-09 Mon 22:45
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シリア第二の都市アレッポを散策してみようとブラっとしてみた。

アレッポの観光名所であるアレッポ城に向かい、楕円状の形をしたお城をグルっと外から見回してホテルに戻ろうと、こちらの道からでも帰れるだろうと来た道とは違う路地を入って大通りに出てみると・・・

「ここ何処よ?」
完全に道に迷ってしまった。

だいたい知らない街を散歩するときは、ホテルを出てから頭の中で常にホテルがどちらの方向にあるか、ずっと意識しながら散歩しているので道に迷うことは、それほど無いんですけど・・・
アレッポ恐るべし。
路地を抜けると全く見たことの無い風景が広がっていたので、このまま闇雲に行けばドツボにはまるんでは無いかと思って、とりあえず元の道をアレッポ城まで戻り、最初に来た道の通り戻って事なきを得た。

知らない街で道に迷うって不安だもの。
しかも道を尋ねようにも言葉が出来ないんだもん。

そんな時の気持ちは
♪現在過去未来〜まるで喜劇じゃないの〜ひとつ曲がり角ひとつ間違えて 迷い道くねくね♪
渡辺真知子さんの「迷い道」です。
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そうだったんだ。
2007-07-08 Sun 19:51
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シリア第二の都市アレッポには夜に着いた。
アレッポでは目をつけていたホテルは入ることができず、別のホテルに泊まることになった。

アレッポは、トルコの国境に近く旧市街の中心のアレッポ城を有し、シリア地方に於ける最も古い都市の一つ。

観光として有名な所は、前出のアレッポ城の他に世界最大規模といわれる市場スークがある。

あっ、この街も世界遺産の一つなんだぁ。
ふーん。世界遺産なんだって、あまり印象に残ってないなぁ。
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繰り返し
2007-07-07 Sat 23:05
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大きな水車がある以外は別段これと言って何がある訳では無いが、落ち着く町、そして中東一快適な宿のあるハマ。
クラック・デ・シュバリエから帰ってきた日の午後、ハマを離れてシリア第2の都市アレッポに行くことにした。

ホテルでは3日間文字通り“同じ釜の飯”を共にした同宿の自炊仲間が「もう一泊したらエエやん」って言ってくれたのだが、「期限付きの旅行なので先を急ぐ」と告げると、尚も「別に一日くらいエエやん」と悪魔の囁きで引き止められたが『思い立ったが吉日』決心の揺らがぬ内に、後ろ髪を引かれながらも別れを言いアレッポ行きのバスに乗った。

出会いと別れの繰り返しなんだなぁ。
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旅人はジブリがお好き
2007-07-05 Thu 14:07
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旅行をしている時、日本人に会って話をする機会があると、ふとアニメの話題になる事がある。その中でも旅人にはスタジオジブリの作品いわゆる宮崎アニメ好きな人が殊更多いように思う。

自分は決してアニメ嫌いでもジブリ作品嫌いでもないけれど、あまり宮崎アニメを詳しく語れるほど観た事が無いし、ナウシカとか何でか一回もしっかり観た事が無い。
こんな事を言うと「貴様!!それでも日本人か!!」等と罵倒され非国民扱いを受けそうである。
しかしながら宮崎アニメの世界観というか絵の美しさは好きである。

宮崎アニメの作品の舞台のモデルとされる場所が、ジブリ側は断定こそしていないが、世界には沢山ある。

シリアにも、嘘か誠か?
『天空の城ラピュタ』もモデルとされる城、クラック・デ・シュバリエがある。
実際ラピュタなのかはさておいて、クラック・デ・シュバリエは小高い丘の上に建ち、頑丈な造りで難攻不落の城であったであろう事が感じられる素晴らしいお城でした。

『天空の城ラピュタ』は他にもアンコール遺跡群のタプローム寺院であるだとか、オーストラリアの城だって話もウェールズの地が舞台だって話もありますし、つい最近仕入れた話ではスロバキアのスピシュ城だって話もあります。宮崎駿さんも造詣の深い方でしょうから、色々な文献や世界各地を周っておられて色んな所からインスピレーションを受けてるんでしょうから、ここがモデルって場所はないんでしょうね。

『風の谷ナウシカ』を殆んど観た事が無いと言いながらも、ナウシカのモデルとされる場所がパキスタンにあるんですけど、いつかは行ってみたかっ!!
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十字軍のお城
2007-07-04 Wed 13:25
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11世紀の初頭に現地の領主によって作られた砦「クラック・デ・シュバリエ」は、聖地エルサレムを奪回するために遠征に出た十字軍によって占領され城砦としての改築を行った。

数10メートルの外壁に、濠を備え跳ね橋が取り付けられていて、外壁と内壁の間は狭く、直角の曲がり角を多くし、城門を壊すための長い棒(破城槌)の持ち込みを使用をし難くする工夫がされており、今も美しく残る城からは、難攻不落であったことを窺わせる。

内部は、後にモスクとして使われた跡が残っていたり、食堂の跡が残っていたり、中庭の地下に入り込むことも出来たりと男の子心擽られる内容のお城になっていました。お城って結構男の子心擽るのよね。

あいにく小雨に祟られて、チョット残念な感じでしたけど
日本人旅行者の間で囁かれる噂の真相は定かではありませんが
素晴らしいお城であることには違いありません。
クラック・デ・シュバリエも旅行当時は普通のお城でしたが
2006年に世界遺産に登録されました。

日本人旅行者の間で囁かれる噂は、次回投稿で。