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寄り道するべき場が多い。
2008-08-27 Wed 14:42
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イースター島から本土チリに帰ってからの旅は強行軍と言うべきものになった。

それは、イースターに行ったからに他ならないのだが・・・
端からイースターはルートとして頭の隅にも無かったし、まさか思ってもみなかった安価でイースター島行きエアチケットが手に入るとも思っていなかった。
イースター自体楽しかったし行ってよかったのだが、日程的に自分を苦しめてしまいました。

1ヶ月以上かけてきたエクアドルの首都キトからの行程を帰りは約2週間くらいで再びキトに帰らなくては・・・
単純に2週間で帰るだけでもシンドイのに、まだまだ帰り道に
ボリビアでウユニも見に行かなければいけないし、チチカカ湖も寄らないといけないし、
もう一回クスコでも遊びたいし、後はスルーも良しとして

もっと道草喰いてぇんだ。もっと長旅したかった。
でも、もう仕事休めないもんね。3ヶ月でも無理言い過ぎなのに。
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厳かな夜に。
2008-08-26 Tue 09:20
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イースター最後の夜。
宿の家族と教会のミサに連れて行ってもらった。

絶海の孤島であるイースター島もキリスト教を信仰している。
おそらく昔は土着の宗教を信仰していたのであろうだろうが、本土のチリの影響を受けたのでありましょう。
南米各地では、スペインの侵攻を受け宗教の強制的改宗が行われた。
背負わされた宗教も彼らの拠所となり、チリ領となったイースター島もキリスト教が広がった。
教会では、ピアノの演奏などが行われていました。

イースター島の4日は短い。長い人であれば1ヶ月も滞在するというイースター島。
1ヶ月は長すぎるかもしれないけど、2週間くらい居たかったなぁ。
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感動の再会。そして再びの別れ。
2008-08-22 Fri 21:08
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イースター島滞在最終日は午前中にレンタサイクルを返す前に、イースター島博物館に行ってみる。

自転車に跨り、漕ぎついた博物館では驚きの再会が待っていた。

それは、寂しげな目をした少し薄汚れた飼い主から忘れ去られた犬。オチョ公。(オチョ公との出会いはコチラ

10数キロの距離を離れず、時には勇敢に一時的に主人となった私を牛から守ろうと果敢に吠え掛かり、時には吠え掛かった牛に足蹴にされ逃げかえった忠犬オチョ公。

他の犬と戯れていたオチョ公は、私の顔を見るなり駆け寄り、前足をあげ私に飛びついてくる。
置き去る形でお別れした簡易主人を忘れずに居てくれたのですね。

博物館を見ている間は、外でしっかり待っていてくれ、博物館から出てくると、またしっかり付いてきてくれる。愛を感じます。
しかし、イースターを去らなければならい日に付いてきてもらっても、私にはどうする事も出来ないんです。
私は、自転車に跨り漕ぎだした。
それでも、オチョ公はついてくる。
私は立ち漕ぎで、スピードを上げる。
それでも、オチョ公はついてくる。
ついて来てもらっても、私にはどうする事も出来ないんだよ。飼う事も遊んでやる事も。
下り坂になった所で、私はペダルに足を掛ける。更にスピードを上げる。
さすがのオチョ公の足にもついて来れない様なスピードで・・・しょうがないんだよ。
イースター島滞在の日は終わる。

イースター島博物館では、「モアイの眼」が見ることが出来ます。
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教訓。とは良く出来ている。
2008-08-19 Tue 14:36
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イースター島に実際に行った事のある人でなければ、知らないような場所がある。

私も行くまで聞いたことの無い名前だったが、オロンゴ地区と言う場所である。

オロンゴ地区は、ハンガロア村から西南に行った小高い山で、山の上は火山噴火により出来たカルデラ湖がある(現在は死火山)この死火山をラノ・カオと言う。
ラノ・カオから上からは村が一望でき、眺めもよい。

イースターでは、モアイ信仰を終えると、オロンゴから海へ飛び込み近くの島まで泳ぎ着き、飛来するグンカン鳥の最初の卵を持ち帰った若者が“鳥人”と呼ばれ1年間島民から崇拝されるという「鳥人儀礼」と言う儀式が始まる。
その儀式の舞台となり、火山であった翔子のカルデラ湖を見に行くべく宿から歩き出した。

オロンゴは、山に巻きつく形で道が出来ているのだが、結構長い距離歩かないといけない(約1時間半)ので、道を突っ切るように直線で山を登れば近道出来るのではと思い(宿の情報ノートにも書いてあった)
行動に出た。
しかし、近道とは総じて幾ばくも甘く無いもの。
前進を阻むかのように膝の高さまで伸びた藪は、掻き分けて行けば行ったでクッツキ虫が体中にくっつくし、踏み均した獣道を行けば近道をしているのだか分からなくなるように時間は食うわで、結構苦労しながらの行程になってしまった。

そこまで苦労してみる風景は、それなりに美しく良いものでしたが、もっと楽して味わえるものであればと心から思えてなりませんでした。

教訓。「急がば回れ」昔の人は、よく言ったよ。
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必要なきプライド。
2008-08-17 Sun 23:36
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イースター島散策自転車の旅は、島唯一の村ハンガロアから始まり凸凹道を、お尻を犠牲に飛び跳ねながら進み、島の反対側にあるモアイ製作工場ラノ・ララク、日本の企業タダノが修復を担った15体のモアイたちが立つアフ・トンガリキ、プカオと言う赤いモアイとは違う赤色凝灰岩で出来た帽子を被るモアイ像(帽子を被った説より、長く伸ばした髪を髷のように結ったものと言う説の方が有力)が居る白い砂浜のビーチを経て帰村の途についた。

帰り道は、舗装された幹線道路を使ったのでお尻の都合は良かったが、少し起伏があり、午前中からペダルを踏み続ける私の太ももは、登り坂に差し掛かった時点で限界に近づいてきている。
高だか周囲60kmほどの小さな島でしかないにもかかわらず、帰り道は永遠にも思えた。

途中、通りかかる車を呼びとめヒッチハイクでもして帰りたくなったくらいだ。
イースター島は人の良さからヒッチハイクし放題と聞いていたこともあった。
でも、何のプライドなのか?車に乗せてもらうなんて、負けた気がして結局乗らずに、ダラダラしながら自転車で村まで帰った。

しょうもないプライドなんて捨てて、ヒッチハイクして人の心と触れ合ったほうが、旅にスパイスを加えられて深みの或る旅になるのにね。
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